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矢野雅哉選手は、2020年のドラフト会議で広島から6位指名を受けた内野手です。

高校時代は甲子園未出場で終わってしまいましたが、亜細亜大学進学後は主将を務めました。

広島スカウトは、大学1年次の頃から矢野雅哉選手の身体能力に目をつけていたようで、当時からどれだけ守備能力が高かったか分かりますね。

大学3年秋のリーグ戦では、首位打者も獲得しています。

プロ1年目は小園海斗選手が遊撃手として台頭したため、出場機会に恵まれませんでした。

2023年に守備固めや代走要員として出場機会を増やすと、2024年に先発起用が急増。

課題となった打撃も改善され、遊撃手部門でゴールデングラブ賞を受賞しました。

2025年からは再び打撃面で苦しんでいますが、正遊撃手を勝ち取る日は来るのでしょうか。

今回は、矢野雅也選手の実家家族エピソードについて調査しました!

ぜひ最後までご覧ください♪

同じく二遊間のポジションを争うチームメイトに関する記事はこちら!

矢野雅哉選手の父親はどんな人?野球経験者?指導は厳しかった?

矢野雅哉選手の父親は、毅さんという名前です。

職業や年齢については明かされていませんでした。

父親は学生時代に野球をしており、矢野雅哉選手は幼少期から英才教育を受けていました。

なんと4歳ごろから背筋や手首のトレーニングを、遊び感覚でさせていたのだとか!

父親もプロ野球を目指した経験があったのか、息子へ夢を託したかったのかもしれませんね。

野球を始めた後も、高校入学・入寮するまではずっと素振りやランニングを見てくれていたとのこと。

矢野雅哉選手は2025年1月に既婚者であり子供もいたと公表しました。

自身が父親になったからこそ、父親について思うところがあったそうで、

「シーズン中は遠征が多いので子どもと過ごす時間が限られるのですが、自分が子どものときはたくさんの時間、一緒にいてもらった。
あの時間は幸せだったんだなと、今になって気づかされました。」

引用:日刊スポーツ

と語っています。

このことに気付いた矢野雅哉選手は、子供との時間をより一層大事に扱っているのではないでしょうか。

プロ1年目に苦しんだ時には、両親から電話で檄を飛ばされたことも。

「オーラが出ていない。
大学のときは自信を持って生き生きとしていた」

引用:LINE NEWS

この言葉で、失敗を恐れずに挑戦する姿勢を持とうと思えたそうです。

2024年のブレイクは、矢野雅哉選手の挑戦する姿勢の賜物だったのかもしれませんね。

2025年は苦しんでしまいましたが、父親は再ブレイクを期待していることでしょう。

矢野雅哉選手の母親はどんな人?母の日には毎年プレゼントも!

矢野雅哉選手の母親は、一切取材には答えておらず、プロフィールは明かされていませんでした。

ただ、4歳から野球の英才教育を行っていた父親がいますから、母親も送迎や試合での応援、食事面でのサポートをしていたと思われます。

母親の存在が無ければ、矢野雅哉選手の丈夫な体は作られなかったでしょう。

矢野雅哉選手と母親に関して唯一明らかになっているのは、母の日のエピソードです。

矢野雅哉選手は、毎年母の日にカーネーションを1本送っています。

いつから行っているかは不明ですが、母親への感謝を感じますね!

母親への恩返しのためにも、正遊撃手争いを制してほしいですね♪

矢野雅哉選手にきょうだいはいる?兄は現在も社会人野球で活躍!

矢野雅哉選手には、兄が2人、妹が1人います。

プロフィールが明らかになっているのは、1番上の兄のみでした。

ただ、兄は2人ともソフトボールと野球、妹もソフトボール経験者だと明かされています。

父親は、子供達を全力で指導していたのではないでしょうか。

矢野雅哉選手は亜細亜大学で主将を務めましたが、兄もなんらかの形で主将を務めたことがあるそうで、リーダーシップに優れた兄が2人もいると思われます。

矢野雅哉選手が大学球界屈指の厳しさを亜細亜大学という場所で、主将を努められたのも納得ですね。

1番上の兄は、幸耶(ゆきや)さんという名前です。

年齢は、矢野雅哉選手の4学年上です。

兄は小学4年生の頃に野球を始めており、矢野雅哉選手も兄を追うように小学1年生の時に野球を始めました。

兄いわく、矢野雅哉選手は「生意気で可愛い弟」だそうです。

そんな可愛い弟の矢野雅哉選手は、兄と進学先を一緒にしようとしていましたが、兄が断固拒否。

兄は福岡第一高出身ですが、指導を受けた監督が育英高校に異動していたため育英高校を勧め、大学に関しては、「もっとレベルが高いところでできる」と期待しての事でした。

兄は現在、矢野雅哉選手が1度ゴールデングラブ賞を受賞したぐらいでは満足しません。

2025年シーズン前に、矢野雅哉選手にどんな活躍を期待するか問われた際は、

「そりゃベストナイン、ゴールデングラブ賞でしょ。
GG賞は獲らないと。
1年だけやと、たまたま…と言われる。
守備をしっかりやってくれ…と。
できんかったら、背番号を元(61)に戻させます。」

引用:日刊スポーツ

と高い期待を持っていました。

矢野雅哉選手は、背番号を戻されないような活躍を再び見せてほしいですね!

矢野雅哉選手の兄が掴んだ栄冠!弟から発破をかけられ兄弟の仲の良さを感じるアイテムの姿も!

矢野雅哉選手の兄は、現在も三菱重工Eastで野球を続けており、主将を務めています。

2024年には、チームを都市対抗野球初優勝に導きました。

実はこのシーズンで、兄は準決勝まで10打数無安打と、打撃不振に陥っていました。

そんな兄の状況を見て、矢野雅哉選手は、

「打たんでいいから優勝しろ」

引用:日刊スポーツ

と連絡したそうです。

兄は生意気に感じたそうですが、決勝では4安打2本塁打3打点と大活躍!

矢野雅哉選手が連絡した意味は、間違いなくありました!

優勝旗を掲げる兄の顔にも注目が集まりました。

なんと、矢野雅哉選手愛用のアイブラックをつけていたのです!

「弟が送ってきたので使ってみたら、めちゃくちゃ(使い心地が)よかったんです。
それで『ちょうだい』と言って。つけやすくて、拭いてもとれないんで。」

引用:毎日新聞

兄は2026年に32歳を迎えますが、矢野雅哉選手からは現役引退しないようクギを刺されているそうです。

これからも兄弟で同じアイブラックを愛用しながら、球界で活躍し続けてほしいですね!

矢野雅哉選手の実家は野球一家だった!母親と妹以外野球経験あり!妹もソフトボールをしていた!父親は4歳の頃から英才教育を施していた!長兄は現在社会人野球で活躍中!

矢野雅哉選手の実家家族構成は、両親と兄2人、妹1人です。

父親と長兄以外、プロフィールは明かされていませんでした。

父親が学生時代野球をしていた関係か、兄2人と矢野雅哉選手は野球とソフトボール、妹はソフトボールの経験者です。

矢野雅哉選手は4歳の頃から、父親と遊び感覚で背筋や手首を鍛えるトレーニングをしていました。

矢野雅哉選手の兄妹は全員、父親から英才教育を施されていそうですね。

父親は矢野雅哉選手が高校に進学するまで、素振りやランニングを見てくれていたそうです。

母親には毎年カーネーションを送っているという矢野雅哉選手。

プロ入り後も両親への親孝行は欠かさず行っていることでしょう。

1番上の兄は、三菱重工East硬式野球部で主将を務めています。

2024年にはチームを都市対抗野球初の優勝に導きました。

矢野雅哉選手と同じアイブラックを使用しており、兄弟仲の良さがうかがえます。

これからも球界でお互いに切磋琢磨していってほしいですね!

最後までご覧いただきありがとうございました!

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