松下歩叶選手は、2025年に行われたドラフト会議でヤクルトから1位指名を受けて入団しました。
桐蔭学園高校に進学後は1年秋からベンチ入り。
法政大学野球部では2年秋から3季連続でベストナインに輝く活躍を見せ、4年次は主将をつとめチームをまとめ上げました。
十分すぎる実績を積んでプロ入りした松下歩叶選手は、プロ1年目から1軍デビュー!
これからの活躍が注目されています!
今回は、松下歩叶選手の家族エピソードについて調査しました!
ぜひ最後までご覧ください♪
松下歩叶選手の父親はどんな人?手作りの練習場も!大学で辛い時に勇気づけられた父親の言葉とは?
松下歩叶選手の父親は、和徳さんという名前です。
2025年12月時点で52歳のため、1973年生まれの可能性が高そうです。
職業については明かされていませんでしたが、一般企業に勤めていると思われます。
父親によると、松下歩叶選手のプロ野球を目指す意識は幼少期から培われていたようです。
「小学校の頃から『あまりお菓子は食べちゃいけない』とか『お菓子を食べるならご飯を食べた方がいい』とか、そんな意識があって、あまりお菓子を食べなかった。」
引用:日刊ゲンダイ
器用な父親は、車庫にネットを張って打撃ケージを作ったり、置きティーを作ったりしていました。
そして、当時松下歩叶選手が所属していた少年野球チーム「狩野エンゼルス」の代表から依頼を受け、倉庫内の内装を練習場に変えてしまったのです!
20m×7mの空間に、骨組みを作ってネットを張り、キャッチボールできる空間や打撃ケージを設置し、ゴロ捕球も可能に。
松下歩叶選手は、練習量を確保させてくれた練習場に感謝している様子でした。
父親が松下歩叶選手を助けたのは、練習場だけではありません。
大学4年の春季リーグ開幕戦、松下歩叶選手のミスにより敗北。
スタメン落ちも経験しました。
どんどん気分は落ち込み、試合が行われる神宮球場にも行きたくないような気持ちになってしまったそうです。
そんな松下歩叶選手に対し、父親は、
「最後に笑えばいい」
引用:TOKYO ROCKS
と声をかけました。
この言葉を聞いて、野球について前向きに考えることができるようになりました。
プロ入り後の入寮前には、
「次に会うのはシーズン終わりになると思うけど、いい知らせを待っている」
引用:東京ヤクルトスワローズ
と父親に声をかけてもらった松下歩叶選手。
プロ1年目から1軍デビューし、父親の期待に応えられていると言えるでしょう。
松下歩叶選手の母親はどんな人?幼少期から野球人生をサポート!
松下歩叶選手の母親は、弥生さんという名前です。
2026年1月時点で50歳のため、1976年生まれだと思われます。
母親によると、松下歩叶選手は練習の虫。
やめなさいと言わない限り、ずっと野球の練習に打ち込んでいたそうです。
松下歩叶選手は室内練習場だけでなく、自宅の和室でも猛練習。
黙々と素振りをし続けた結果、畳がすりきれてしまったことも。
そんな松下歩叶選手を、母親は少年野球チームの頃から支え続けました。
現在の職業は不明ですが、当時母親は飲食店でパート勤務していました。
家事と仕事で多忙な中でも、練習日の水曜日と土曜日は送迎を担当。
両親ともに、全力に野球に取り組む松下歩叶選手を応援していたのが伝わってきます。
松下歩叶選手は、帰省時に必ず母親に野菜炒めをリクエストしているそうで、おそらく気に入っている手料理なのでしょう。
シーズンが終わったら、実家には大量の野菜炒めが用意されているかもしれませんね!
松下歩叶選手にきょうだいはいる?大学時代のチームメイトからは超弟思いな証言も!?
松下歩叶選手には、兄と弟がいます。
兄は喜一さんで、松下歩叶選手の2歳年上です。
弟は純大(じゅんた)さんで、松下歩叶選手の7歳年下です。
兄は静岡県磐田市のヤマハ発動機で営業職として勤務。
松下歩叶選手がドラフト指名された際は、実家とテレビ電話を繋いで指名の瞬間を見守ったそうです。
松下歩叶選手と弟は年が離れており、おむつを替えたり、ミルクをあげたりとしっかり面倒を見ていました。
弟も野球をしていますが、松下歩叶選手は高校進学後に入寮したため、一緒に野球をする機会はあまりありませんでした。
かわりに、帰省した際にキャッチボールをし、LINEで野球について相談に乗ることもあったそうです。
松下歩叶選手の大学時代のチームメイトからは、
「練習終わりに疲れていても弟の試合を見に行く、弟思いの良いお兄ちゃんです。」
引用:TOKYO ROCKS
との証言が出ており、松下歩叶選手の弟思いな性格は、野球部内に知れ渡っていたようですね。
弟は、2026年から松下歩叶選手と同じ桐蔭学院高校に進学。
母校で野球を始める弟に対し、松下歩叶選手は入学祝いに特注グラブをプレゼントしました。
「まだ入ったばかりですけど、野球が楽しいみたいで。
このグラブで高校野球を頑張ってくれたらうれしいですね」引用:サンスポ
プロ野球選手になった松下歩叶選手ですが、高校時代に甲子園出場は叶いませんでした。
これからの弟の活躍を楽しみにしているという松下歩叶選手。
弟は甲子園出場を叶えるのか、将来プロから声がかかるのか楽しみですね!
松下歩叶選手の父親は室内練習場を作るほど器用!好きな母親の手料理は野菜炒め!兄と弟がいる!
松下歩叶選手の実家家族構成は、両親と2歳年上の兄、7歳年下の弟です。
父親は、置きティーや打撃ケージを作るほど器用な人物です。
その器用さを知ったのか、松下歩叶選手が所属していた少年野球チームから、室内練習場の作成を頼まれました。
自宅から4キロの位置にある倉庫内に作った室内練習場は、松下歩叶選手の原点ともいえる場所で、高校時代にコロナ禍で部活動が中止になり、寮から自宅に帰った際は毎日のように利用していたそうです。
母親は、野球に全力を注ぐ息子達を全力でサポート。
パートと家事に追われる中、練習日の水曜日と土曜日に送迎を担当しました。
松下歩叶選手が帰省した際、リクエストする手料理は野菜炒めだそうです。
松下歩叶選手は、兄と同時期に野球を始めており、弟は2026年に松下歩叶選手と同じ桐蔭学院高校に進学。
弟には入学祝いとして、特注グラブをプレゼントしていました。
松下歩叶選手は甲子園出場を果たせませんでしたが、その夢は弟に受け継がれています。
甲子園で活躍したとなれば、弟もプロ入りできるかもしれませんね!
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