戸郷翔征選手の家族について調査!親子3代続く趣味がある!?兄も野球経験者!


2024年5月24日の試合で、戸郷翔征選手はノーヒットノーランを達成しました。

ノーヒットノーランは日本プロ野球で101度目の出来事。

戸郷翔征選手は、89人目のノーヒットノーラン達成者となりました。

しかも、甲子園で行われた阪神巨人戦で、巨人の選手がノーヒットノーランを達成するのはなんと1936年以来の快挙!

戸郷翔征選手は、まだ24歳。

これからの活躍も、MLB挑戦の期待も高まる出来事だったといえるでしょう。

ノーヒットノーラン達成を期に、戸郷翔征選手の家族について気になったので調査しました!

戸郷翔征選手の家族構成や家族エピソードについて気になる方は、是非ご覧ください!

戸郷翔征選手の父親について調査!独特な投球フォームはお父さんの影響?

戸郷翔征選手の父親は健治さんという名前です。

現在は長距離トラック運転手として働いています。

年齢については不明です。

戸郷翔征選手がドラフト指名を受けた際、両親がかけつけていました。

そのため、顔写真については検索すれば見ることができます。

戸郷翔征選手は健治さんに野球をするように勧められ、小学1年生の頃にスポーツ少年団に入団しました。

健治さんには野球経験があり、戸郷翔征選手は投球フォームについても健治さんから教えてもらったそうです。

戸郷翔征選手の野球のルーツはお父さんからだったんだね!

でも、投球フォームが特殊すぎて、すぐに肩が壊れるとスカウト側から思われてしまったんだ。
それが原因でドラフト6位という、下位指名になったと言われているよ。

中学時代も戸郷選手は投球フォームを変えることはありませんでした。

「矯正をしてケガして、野球人生が終わるのはかわいそう。そのままやって、ダメになる方がいい」

引用:日刊スポーツ

と、健治さんは考えていたようで、監督も健治さんの考えに同意していました。

プロ入り後、巨人側から投球フォームを矯正しようという動きがありました。

しかし、現在は元の投球フォームに戻っています。

学生時代やプロ入り後、戸郷翔征選手が投球フォームを変えることになっていたら、現在の活躍はなかったかもしれません。

戸郷翔征選手の趣味は父親の影響を受けていた!?

戸郷翔征選手が、健治さんから影響を受けている点はもう1つあります。

それは釣りが趣味なところです。

なんと3歳の頃から釣りを始めているため、野球歴よりも釣り人歴の方が長いんです。

戸郷翔征選手はプロ入り後に目標について語っているのですが、

「年俸が億を超えたらいい釣り竿を買いたい」

引用:日刊スポーツ

と言うぐらい釣りが大好き。

釣りが好きな野球選手…なんだか城島健司選手を思い出すなぁ…

戸郷翔征選手の釣り好きは、健治さんの影響もありますが祖父の代から続いているものだそうです。

健治さんは、戸郷翔征選手の釣り好きについて「幼いころから仕掛けを作って自分でやっていた」とも語っています。

しかも戸郷翔征選手は小学生の頃、プロ野球選手ではなくマグロ漁師になりたかったそうです。

当時のチームの監督には「マグロを釣ったら監督のもとに持っていきます!」と宣言していたほど。

野球している時以外は、寝ているとか釣りをしているかぐらいに熱中していたそうです。

高校については、「マグロ漁師になれるような高校に行きたい」とも語っていました。

何でも知りたい女の子
何でも知りたい女の子

えー!?
じゃあ戸郷翔征選手はプロ野球選手にならなかったかもしれないの!?

戸郷翔征選手は線が細いから、なんかマグロ漁船に乗っているイメージが沸かないなぁ…

プロ入りした現在も、戸郷翔征選手は釣りを楽しんでいます。

2023年12月1日には、巨人で2軍内野守備兼走塁コーチを務めている脇谷亮太さんが、自身のインスタグラムで釣りを楽しむ様子を投稿しており、戸郷選手の姿もありました。

戸郷翔征選手も自身のインスタグラムで釣りについて投稿している時期がありました。

また自身のインスタグラムか、巨人の公式YouTubeで戸郷翔征選手が釣りをしている姿を見たいところです。

戸郷翔征選手の母親はスポーツ経験あり!母親に似ているところも?

戸郷翔征選手の母親はヒトミさんという名前で、看護師として働いています。

ヒトミさんも、健治さんと共にドラフト指名を見守っていた為、顔写真は検索すれば出てきます。

家族写真を撮る際に話題になったのが、ヒトミさんの背の高さです。

戸郷翔征選手の身長は186㎝と長身。

ヒトミさんは戸郷翔征選手の隣に並んで写真に映っていたものの、180cmぐらいはありそうな身長でした。

ヒトミさんは元バレーボール選手だったそうです。

両親の身長はそこまで変わらなさそうだったけど、
戸郷翔征選手の腕の長さや長身は母親譲りじゃないかと話題になったよ!

ヒトミさんは、「野球をさせたい」という健治の意思を尊重していたものの、肩を強くするために水泳などの様々なスポーツをさせていたそうです。

「本格的に野球を始めると、試合が終わった後はそのまま川へ直行して、クールダウンを兼ねて泳がせたりも(笑い)」

引用:日刊ゲンダイ

肩を壊しやすい投球フォームだと言われていた戸郷翔征選手ですが、野球に関する指導は父親、フィジカルに関しては母親からの教育を受け、どんどん才能が開花していったのでしょう。

戸郷翔征選手が所属していた聖ウルスラ学園の監督も、「けがをしないことが彼の強み」だと語っていました。

戸郷翔征選手は寮生活をしていた高校時代について、

「お母さんのすごさを知りました。片付けが大変」

引用:日刊スポーツ

とヒトミさんへの感謝を語っていました。

息子がノーヒットノーラン達成!戸郷翔征選手の母親の反応は?

戸郷翔征選手がノーヒットノーランを達成した試合は、両親ともに正座をしながら見守っていたそうです。

ノーヒットノーランについてヒトミさんは、

「やり切った、やりよったな!という気持ちです(笑い)」

引用:Yahoo!ニュース

と、こちらにまで興奮が伝わってくるようなコメントを残しました。

何でも知りたい女の子
何でも知りたい女の子

試合を見ていた巨人ファンも、同じ気持ちだったんじゃないかな♪

しかし、元バレーボール選手なこともあってか、ヒトミさんは「ノーヒットノーランを達成して『やったー』と思わずに、1年優勝できるように頑張ってほしい」と語っていました。

チームスポーツをやっていたからこそ、記録に一喜一憂してほしくないと考えているのでしょう。

ただ、両親は「ノーヒットノーランを達成しないと沢村賞は取れないよね」と話すこともあったそうなので、戸郷翔征選手に期待していたことが伝わってきます。

沢村賞ってかなりハードル高いけど、戸郷翔征選手ならいつか獲れるかも…!

普段あまり連絡はしないそうですが、戸郷翔征選手の家族LINEグループにヒトミさんは「おめでとう」と祝福するコメントを送ったそうです。

戸郷翔征選手はヒーローインタビューで、ノーヒットノーランを達成したウィニングボールについて、

「グラブにしっかり入れています。両親に渡したいと思います」

引用:Yahoo!ニュース

と語っているため、実家ではウィニングボールが飾られそうですね。

次は戸郷翔征選手に完全試合してくれることを期待したいです!

戸郷翔征選手の兄は弟の活躍を見て野球を辞めた!?

戸郷翔征選手には兄が1人おり、名前は悠太さん。

年齢は戸郷翔征選手の2歳年上で、なんと現在ドジャースで活躍する山本由伸選手と同級生なんです!

現在も山本由伸選手と交流があり、同じ高校に進学しています。

しかし、悠太さんは中学時代に野球を辞めています。

悠太さんは高校時代からラグビーに転向し、現在は自衛隊員として働いています。

なんと野球を辞めた理由は戸郷翔征選手を見て、自分には敵わないと思ったからだそうです。

“中学時代はボーイズリーグでプレーしたが、弟の将来性にはかなわないと悟った。”

「自分が無理する必要はないと、野球をやめたんです」

引用:サンスポ

何故か戸郷翔征選手は、昔から家族と野球関連で被ることを嫌がっていたようです。

健治さんが1塁手の経験があり、悠太さんが3塁手をしていたことで、戸郷翔征選手は少年野球時代、捕手をしていました。

高校についても、山本由伸選手や悠太さんから同じ都城高校に来るように誘われたそうですが、

「お兄ちゃんと同じ高校というのがちょっと…」

引用:日刊スポーツ

という理由で都城高校への進学はせず、聖ウルスラ学園に進学したそうです。

聖ウルスラ学園1年の頃に戸郷翔征選手は、遠投の記録会で117mをたたき出しました。

この記録を聞いた悠太さんは「別格だ」と感じたそうです。

WBC2023では、中国戦に登板した戸郷翔征選手を見て、

「すごく大人になっているなと。抑えている姿を見て元気をもらいました」

引用:サンスポ

とコメントしていました。

野球から離れることになりましたが、両親と共に弟のプロ野球人生を応援しているようです。

戸郷翔征選手の家族はスポーツ経験あり!両親もノーヒットノーランを達成を喜んでいた!

戸郷翔征選手の父親である健治さんと兄である悠太さんは、野球経験があります。

母親のヒトミさんもバレーボール選手だったことから、戸郷翔征選手はスポーツ一家に生まれたといえるでしょう。

健治さんはトラック運転手、ヒトミさんは看護師として働いています。

戸郷翔征選手の投球フォームはかなり独特で、いつか肩を壊すのではとスカウトから疑問視されドラフトでは下位指名になりましたが、健治さんも学生時代の監督も、戸郷翔征選手の投球フォームを変えようとは思わなかったそうです。

母親は健治さんの「息子に野球をやらせたい」という意思を尊重し、戸郷翔征選手には水泳などのいろいろなスポーツをやらせていました。

おそらく悠太さんにも、同じようにいろいろなスポーツをやらせていたのではないかと考えられます。

悠太さんは戸郷翔征選手の将来性にかなわないという理由で、高校からは野球をやめてラグビーに転向。

自衛隊として働きながら、戸郷翔征選手の活躍を見守っているようです。

最後までご覧いただきありがとうございました!


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